時計の針は、もうすぐ21時を指そうとしている。
僕は、ダイニングテーブルで、フォアローゼス-ブラックを飲んでいる。
フォアローゼス-ブラックは、普通のフォアローゼスの、ワンランク上のバーボンウイスキーだ。
樽で寝かした年月が、ノーマルのそれより2~3年長い。
僕は、しみじみ思う。
「やっぱり、ブラックは旨い」と。
不思議なのは、もっと高級な『フォアローゼス-プラチナ』になると、僕には合わなかったことだ。
何度かプラチナを飲むも、結局僕は、このフォアローゼス-ブラックばかりを飲む。
20代から30代のころのことだ。
ロックで飲むのが好きだったが、53歳の今の僕には『水割り』の方が旨い。めっきり、酒が弱くなった。
昔、渋い中年のバーテンダーに、
「バーボンは、ストレートかロックで楽しむものだ」
と、教わった。
それが、ロックで飲むキッカケだった。
「えっ、甘い…」(23~24歳の若きじょーじ)
「そうだろぉ~」(渋い中年バーテンダー)
って会話があったなぁ。
◆ゆかりちゃんはソファーで微睡む(まどろむ)
ゆかりちゃんは、リビングのソファーに座ってTVを観ている。
ちょっと前に、ゆかりちゃんが微睡み(まどろみ)はじめたことに、僕は気づいていた。
(バレたか?)と思ったのか、それとも(バレるまえに)と思ったのか、
ゆかりちゃんが、少し大きめの声で言った。
「眠いの~。・・・寝ても寝ても、それでも眠いの、どうしてなんだろ~?」
僕は、あえてその問いには答えずに、「お風呂、先に入ったら?」と、提案した。
「うん、そうだね」
「・・・ん? 」
「スルーした? 」
「わたし今、何って言った?」
「ああ、『眠い~』って」
「『なんでだろう?』って言ってた~」
「かれこれ、一緒に暮らすようになって丸5年すぎたけど~」
「さっきのセリフは、もう何十回って聞いているよ~」
「もう、日常~」
「きゃはははは~!」
ゆかりちゃんは、弾けるように笑った。
こういうところが、ゆかりちゃんのカワイイところなのだ。
「春のはじめは『花粉症の時期は眠い』と言って」
「春の後半は『春眠、暁を覚えず』って言って」
「夏は『夏バテだから』」
「秋は『秋だから』とか」
「冬は『最近寒いから』と」
「年中、『眠い』って言ってるよ~」
「あはははは~~~!」
「夜の9時ごろは1時間くらいの仮眠、というのも、もうルーティンやん」
◆ゆかりちゃん、名キャッチコピーをパクる
「あははは・・・」
「ん⁉」
「・・・はっ ‼」
ゆかりちゃんは言葉ではなく、カオで、「そうだ!」と語った。
ゆかりちゃん自身は自覚ないのだろうが、ゆかりちゃんのカオ芸は、お笑い芸人の域に達している。
突然立ち上がり動き出す。
ソファーに置いてあるクッションを、2つ重ねる。
ソファーの端にセットする。
そして「ポンポン」と、2度、叩く。
どう考えても、マクラにする気満々の行為。
そして、案の定、横になったのだ。
ゆかりちゃんは、(そうだ 仮眠、しよう)と思いついたのだ。
その瞬間、僕には、JR東海のTVコマーシャルが浮かんだ。
あの名キャッチコピー、「そうだ 京都、行こう」が、見事に重なった。
ゆかりちゃんは、ひと言も発していない。
ひと言も発することなく、そのカオと動きとで、名キャッチコピーをパクったのだ。「そうだ 仮眠、しよう」
僕は、フォアローゼス-ブラックを、危うく吹き出しそうになった。
僕は、そんなゆかりちゃんが大好きなのだ。